THE IKKYO TSUSHIN

Hit座談会 ―フル単の授業観。残留の授業観。

大学生は、大きく分けて2種類いると思う。

「単位を取る人間」と「取ら(れ)ない人間」。

ふと見渡すだけで目についてしまう、そんな二項対立。 “それぞれの生き方の問題”であるのはその通り。 でも、その場で思考停止になるのはもったいない。

「学生の本分は勉学」なのか。 「大学時代にこそ勉強以外のことに打ち込むべき」なのか。

それぞれの生き方を象徴する5人の一橋生に侃々諤々してもらった。

Member's Profile

 
商学部 3 年。横浜雙葉高校出身。
 
経済学部 3 年。広島大学附属福山高校出身。
 
社会学部 3 年。栄光学園高校出身。
 
法学部 2 年。ラ・サール高校出身。
 
経済学部 2 年。桐蔭学園高校出身。

Conversation

今回集まったのは、大学生活“3 年目”を迎える一橋生 5 人。永井・緒方・西川の 3 人は 1 、2 年時フル単。対して丸山・湊の 2 人は残留が決定している。会は、それぞれの自己分析から始まる。

司会: 今回の座談会では、単位や授業についての話をしていくことで「大学で学ぶ意義」といったことも探っていきたいと思っております。最初に、みなさんの単位が取れた、あるいは取れなかった理由について順に教えてください。

丸山: 僕は留年率日本一の鹿児島のラ・サール高校出身で、その伝統通りという感じですね(笑)。留年の理由を自己分析しますと、まず単位に貪欲になれなかったのが 1 つ。自分が身につけたい能力が授業では得られないと感じたので、無駄に時間を過ごすよりはインターンやサークルをした方がいいかなと。あとは、単純に遊び過ぎたという理由もあります。それは自分の責任ですね。

永井: 今のところ「たまたまフル単」という感じですね。気にくわない授業っていうのもなかったし、1 度登録した単位を切るのがもったいないっていうか。単位を取るのって凄まじい努力を必要とするわけでもないじゃないですか。あとは、以前資格試験を目指していた関係から『いずれ忙しくなる』と思ってたし、『社会的に不安定な学生っていう身分を早く抜け出したい』っていう意識も関係してると思います。

: 2 浪して留年なので社会的なものさしでは 3 年の遅れというか。自分が留年したのは、1 年次の鬱が原因です。受験時代がむしゃらに勉強しているだけだったのが、入学してから大きな目標が失くなって……。生きている意味だとかもかなり悩みました。授業なんかよりバイトをやった方が自分にとってずっと意味があるのかなと考えたり。 そういう意味では、一流と言われる大学に何にも考えずに入ってしまった自分の責任とも言えますね。

西川: 私もフル単なんですが、私の場合は性格的に休むことができないんですね。絶対授業に行っちゃう。商学部はシビアな授業が少ないし、単位が取れてしまったという感じです。如水会の留学は狙ってましたが、語学以外では特に A を取ろうと意識もしませんでしたし。やはり性格的なものなんだと思います。あとは、自宅生だということと、親が厳しいということもあると思います。

緒方: 僕も如水会留学の関係で GPA が欲しかったんですよ。先輩には「オール A じゃなきゃ絶対行けない」って言われてたし。実はそんなことないんですが、それに乗せられちゃった(笑)。つまらない授業も多かったけど、『GPA があるからなあ』って感じで取り組んでました。もともと勉強はすごく好きなので、やりたい勉強はきちんとやって、適当な授業は流すって感じですね。

残留者から挙がる、授業のものたりなさと、フル単者たちからのクールな返答。現状の制度にたいする解釈の異なりがあらわになった。

司会: みなさんが感じる「授業のものたりなさ」をお聞きしたいと思います。残留者の方に多くありそうですけれども。

丸山: そうですね。俺は基本的に現状に満足しないタイプで、一橋のマス授業とか、インタラクティブ性の全くない授業とかには不満を持ってます。もともと「授業に出なきゃ」っていう脅迫概念もなかったから、そういう点から授業に出てないってのもある。自分たちの手で変えたいと思ってるくらい。

永井: 俺はそういうのは授業に求めてないかな。インタラクティブ性が足りないなら友達と議論すればいいだけだし。もともと、90 分の授業のうち 5 分くらい楽しい部分があればそれでいいかって思えるから。

一同: それはすごいな。

緒方: まあ僕はやっぱり永井くんみたいにはいかなくて、結構不満を感じてる部分は多い。けど、つまらない授業なら「単位だけを楽に取って」ってこともできるんだし、そういうずる賢さっていうか要領の良さを持つのも方法なんじゃない?

: 耳が痛いですね。自分は本当に要領が悪くて、授業がつまらないと思うとすぐ切っちゃう……。目標があるからなのかもしれないけど、単位を取ってる人ってのは上手くやってるなって思いますね。

司会: 具体的に出た不満としては「授業のインタラクティブ性のなさ」という部分でしたが、その点はみなさんどう思いますか ?

西川: 授業に相互性とかがなくって、「これはオモシロくないな」と思う授業は確かにありますよね。 でも、どっちにしろマス講義でやるような基本をやらない限り、ゼミの議論も知識が足りなくて進まないんですよね。だから、その前段階としての必要性は感じます。社会人の方にも「無駄だと学生時代思ったことも、社会に出てみると必要になる」って聞かされますし。

丸山: 僕も、そういうインプットの面での必要性は認めますけど、でも基本的にそういうのって 1 人でガリガリやっていくものじゃないですか? なんか、大学に来てまでやるものではないと思いますけど。

緒方: そう思うんだったら、教養ゼミとかをもっと取っていけばいいんじゃないの ? 僕もそういうのがイヤだったから、1 学期にゼミを 2 個とか取ったし少人数の講義とかマイナーなのを積極的に取ったよ。大学も丸山みたいなニーズを完全に無視してるわけではないと思う。

丸山: 確かに教養ゼミってのは良い制度だよね。でも、やっぱりほかの講義にもそういう要素をつけてほしいなと思うんだよ。

西川: さっき「1 人でやればいい」って言ったけど、普通はそれができないんじゃないかな。私の場合は、やろうと思っていてもできないことが多いし。予習とかも、結局授業があるからしてるんだと思うし。

緒方: 背中を押してくれるイメージだよね。目標も区切ってくれるし。僕はそれは良いことだと思うよ。学生にとってはやりたくないことでも、教授が「今後のことを考えると必要」ってことでやっている授業だってあるわけだし。あてはまらない授業もあるけどね。

「授業の意味」を根本から問い直す湊。話題は、各人の将来的な目標からそれぞれの思う『大学論』にまで発展していく。

: そもそも、授業で“役立つ”とか“ためになる”って何なんですか? 僕は授業の内容自体はあんまり信じてなくて、だから、とりあえずチョンボを取って早いとこ卒業したいと思ってるんですが、みなさんそういう感じではないですよね?

西川: 私は、将来コンサルタントになりたくて、だから商学部の授業のことくらいは満遍なく知っておきたいんですね。だから授業の内容も意味があると思ってるし、勉強してるのは成績のためではなくて、自分のためになると思ってるから。

丸山: 俺は、西川さんのように将来を見た上で、自分に必要な能力を分析してみたら、それが大学にほとんどなかったんだよね。 大学でやれることと言えば、考え方の枠組みを学ぶことと、言葉の定義づけを覚えること、くらいかな。それ以外の、プレゼン能力とか意思決定能力とか目標設定能力とかは、俺はすごく身につけたいんだけど、今の大学では学べないんだよね。

: でも、丸山とか西川さんみたいに将来のことを考えて授業に臨んでいる連中って少ないと思うんだよ。例えば、一般企業に勤めたいと思ってる人が経済学の複雑な理論を学んだところで、あんまり将来的な意味はないと思うんだけど、みんなそのこと意識してるのかな?

永井: そういう将来性とかって、あんまり関係ないんじゃないの。 大学ってさ、専門的な学問を学ぶところじゃん。大学ってのは社会で使える「具体的な知識」を学ぶんじゃなくて、人間的なものを深めるために学んでるんじゃないの?

: だとしても、丸山くんの言ってた「ガリガリやる」って部分とぶつかる気がするんだよね。

緒方: 確かに、完全な実技の部分だったら専門学校でやればいいのにって僕も思う。 「大学では教養を学んで、専門学校では実技を学ぶ」っていうのがはっきりしてればいいのに、実技をやりたい人が大学に来たりしてゴッチャになってるから、捉えにくくなってるんじゃないの。

: それを割り切ってるの?

緒方: 僕は割り切ってる。大学ってのは自由なところなんだし、授業以外の部分で実技をやっていきたいっていう人がいるのも仕方ないでしょ? チョンボな先生とかも、そういう学生の動きを見てチョンボになってるっていう気もするし。

: そう考えると、単位を取ってる人って 2 パターンいるよね。「いろいろと考えてて、大学のおかしさみたいなのを感じながらも、それでも割り切って勉強してる人」ってのと「特に考えずにただ勉強をして単位を取ってる人」っていうか。

永井: 俺は特に割り切ってるつもりはなくて、将来的に経済学が役に立つと思ってるから学んでる。企業に就職して…って話じゃなくて、これから生きていくために経済学がほしいなと思ったら学んでいる。

丸山: 永井くんが始めの方に言ってた、「90 分のうち 5 分でもオモシロいと思えれば」っていうのは、そういう経済学への根本的な興味から来るものなの?

永井: 知識として、まず経済学を知りたいとは思ってる。それで、さらに 5 分間オモシロいところがあれば、それが授業に行く『意味』になる。逆になかったら行かずに自分 1 人で勉強するし。

丸山: オモシロい授業の割合っていうのはどれくらい?

永井: あんまり多くないかな。週に 1 ~ 2 コマ。

丸山: 単位を取ってる人でもそういうふうに感じてるのか……。

話は一転、「授業で得られないこと」に。「人間的な部分を鍛えるため」、「社会での実践力を得るため」。両者の理由は異なるが、授業以外で学ぼうという姿勢は一致する。

司会: 今度は「授業では学べないこと」ということを話していただきたいと思います。留学を希望している方々は、そういう「授業では学べないこと」というのを感じたのかなという印象がありますが。

緒方: やっぱり、善くも悪くも一橋には一橋のカラーがあるよね。そういう意味で、外に出る意味っていうのは絶対にあると思う。これは一橋だけのことではないけど、留学することに限らず 1 回その中から抜けることが大切なんだと思うよ。

あと、僕の場合はアメリカに行きたいんだけど、やっぱりあの国には人が集まっているなという部分があって、そこに舞台の広さを感じているという面もある。

西川: 私も、日本にいると考えが凝り固まっちゃうと思いますね。「一橋は留学生が多い」とは言っても特に交流もないし、ほかの世界に行けば違う考えも身につくだろうと思います。私が行くのはドイツのマンハイム大学なんですがいろんな人と触れ合えるかなと思ってますね。職業に就いてからだとあまりできない経験だと思いますし。

学問的にも、経営学って世界的に見るとドイツ経営学とアメリカ経営学が大きな柱になんですが、日本の経営学ってかなりアメリカ寄りなんですよ。私はドイツ経営学に興味があって、日本にいてはなかなか学べないなと思ったのでドイツに行くという動機もありました。

丸山: でも、違った視点を養うだけなら海外を放浪してもいいんだろうし、方法はいっぱいあると思うんですが、なんで留学を?

緒方: タダだからってのも大きいよね。あとは、西川さんみたいに学問をやりたい人にとっては協定校っていう制度を利用できるのは重要になってくるんじゃない?

西川: そうですね。向こうで普通に大学に入ろうと思ったら 2 年も 3 年もかかってしまいますから。自分のやりたいことをやるには制度を使った留学ってのいうのが一番近道なのかなと思いました。

司会: 丸山さんも、「授業以外の部分」というのを意識していたのかなと思いますが、その点はいかがでしょうか?

丸山: 学生と話していて一番違和感を持つのは、プロジェクトをやるときに、商学部の人でも利益面を考えることが少ないんですよね。ゼミで研究はしても分析結果から利益にもっていく話をしなかったり。 僕は来年個人事業主として仕事をするんですが、それにあたっての必要な能力は大学内にいて身につくものでもないのかなと思いますし。

永井: 俺は、丸山の言うような能力って卒業してから身につければいいと思う。そういう能力が全く要らないとは言わないけど、それよりも今やるべきなのは、今しかできないこと、俺にとっては経済学を学ぶことだと思ってる。

: 永井くんは専門学校に通ってたと言っていましたけど、その理由というのはなんだったんですか?

永井: 大学で学ぶより効率的に経済学を学べるし、専門学校に行けるのも大学時代だけかなっても思ったから。資格への魅力が薄れちゃったし知識を一通り得て満足したから、結局専門学校はやめたけど。

司会: 湊さんは実体験を通して大学で学べないことを意識したとおっしゃっていましたが。

: そうですね。僕は大学入ったときはどうしようもない勉強野郎で、勉強のことしか知らなかったんですよ。人と全然コミュニケーション取れなかったし、どうにかしなきゃと考えていたんですが「やっぱり大学じゃ学べないな」っていうのが結論でしたね。アルバイト先で会う人と自分自身との落差をすごく感じましたね。受験勉強をしていたことで得られなかったことがずいぶんあったんだなと思ってショックでした。そういう点で、バイトが終わったあとに仲間と飲むだけでも、僕にとっては大きなプラスでしたね。

司会: それでも読書は今でも欠かさないということですが、その 2 つのつながりはどう思いますか?

: 僕は基本的に知識を得るのがが好きなんですけど、でもやっぱりそれだけじゃダメなんですね。大学の中で学問的に社会を眺めるのと、実際に身を置いているのとでは全然違いますから。両方の補完っていうか「大学での勉強」と「社会で学んでいくこと」をフィードバックさせあうのがベストなんだと思います。

永井: 俺もメインが大学の勉強だとは言ったけど、やっぱり社会を見るっていう部分は必ず必要になると思う。ただ、バイトばっかりで全然勉強もしないで、っていうふうにはなっちゃいけないと思うけど。

まとめとしての、各人の“授業観”。目標・価値をどこに重く置くかで異なる“授業”の感じ方。その違いがはっきりと表れた。

司会: では、最後に「大学生活と授業との関わりとは」という点についてみなさんに語ってもらいたいと思います。

緒方: 僕は、やっぱり授業っていうのは大学生活の一番の中心だと思うよ。ただ、高校までと違って縛りつけはないから、やりたいこと全部やっていいんじゃない?って感じ。それだけやっても授業も十分できると思うし。

ただ、自分の責任って言っても、実際はほとんどの人は親に養ってもらってるんだよね。そういうことを考えると、少なくとも普通に授業に出て 4 年で卒業するとか、留年するときは自分で学費を稼ぐくらいはしたほうがいいのかな、とは思う。

司会: その考え方をもとに緒方さんはどう実践しているんですか?

緒方: 僕は、留学したいから授業をとってるんだけど、外で動きたいから NPO もやってるし、日本の文化を学びたいから茶道部・華道部をやってるし、人脈を拡げるためにサークルとかいろんな企画にも参加してる。「目についたものはやろう」という感じだな。優先順位とかではなくて、全部やる。最近は時間もなくなってきちゃって大変だけど。

僕の授業にたいする態度としては、常に「利用する」立場であることかな。自分のやりたい科目をとって、できるだけ主体的な“ユーザー”として授業と関わるようにしてる。

永井: 俺にとっての授業はやっぱり通過点。俺の中では大学はやっぱり学問をするところで、自分としても「経済学を学びたい」っていう大きな目標があるから。授業で何かを学びたかった、というよりは目標に合った道筋が偶然「授業」だったということに近いかな。

: 「どんなに大学の授業を受けてつまらないと思っても、4 年間っていう期間は守った方がいい」っていうのが、留年が確定してから思った一番大きなことかな。一橋大学に入ったんなら、ほとんどの人にとってはそれが一番時間を大切にした方法。授業が嫌ならチョンボでも取って、早く卒業するのがいいと思うよ。

まあ、浪人と留年含めて 1 年なら自分のことをじっくり考える時間としていいのかもしれませんけど。でも、2 年は無駄。考えすぎです(笑)。同じ 2 年なら、そのぶん早く大学を出たり大学院でより高度な学問を学んだりっていう選択肢が開けるじゃないですか。とにかく社会に出ることが目的なら、なるべく早く大学から出ればいいと思いますよ。そういう意味では 4 年って上手い設定だと思いますし。

あと、俺は自分で学費を払ってるんですが、年間 52 万って正直高いですよね。授業にそれだけの価値があるとは思えない。そう考えても留年ってのは無駄なことなのかなと。

永井: 俺は「授業を駆け抜けて」っていうくらいなら、大学に来ない方がいいと思うけどな。そんな学生がいたら大学の評価も下がるかもしれないし、やめてもいいんじゃないかなと思う。できることなら、そんな学生はいない方がいいんだよ。

: 確かにそうなんだよ。本当は受験をしている高校生に「それは本当に意味あるの? 本当に大学行きたいの?」ってことを問いただしたい。僕もこんなつまらないところ早くやめたいし。でも、留年が決まってからいろいろ考えたけど、もう後戻りできないんだよね。2 年も大学通って、大学をやめて失う部分も増えちゃったから。1 年前に留年が決まってたら確実に大学やめてたよ。

西川: 私は、得られるものがないなら、逆に長く大学にいるのもいいと思います。やりたいことを見つける期間としての大学時代というか。学生でしかできないことっていうのはやはりたくさんありますから。

大学にいる間に、知識を身につけるなり技術を身につけるなりして、それが終わったあとに結果的に何年いたかなんて関係ないでしょうし。

大学生活と授業の関わりという点で言えば、自分の中では授業は大学生活の中での一番のメインですね。授業っていうのは今すぐ役に立つものでもないと思うので、その意味とかもすぐには分かりませんよね。今やってる授業にも、将来になって『意味がなかった』と思うものも含まれているでしょうけど、それでも大学の授業を通して何かを得たいと思って入学したわけですし、期待もまだ捨てていないので。

授業との兼ね合いで、やりたいことができなかった面もありましたけど、それでも「授業で学びたい」という意識が一番強くて、はかりにかけたときに一番上にきちゃったんですよね。留学が決まったあとも授業には普通に出ていますし。

丸山: 俺は、大学の価値って「人が集まっていること」なんだと思うんだよね。だから、大学もその集まった人を上手に活用してほしいと思う。授業にしても同じことで、やっぱりマス授業をもうちょっとなんとかしてほしいなと思ってる部分は強い。そこに関しては大学側にも学生のニーズを伝えていきたい。そうやってベターな形に持っていきたいんだよね。「インターンシップ」を授業として導入したり、大学も変わろうという動きはしているんだけどね。少なからず、学生にも「授業を受けている側の責任」っていうのがあるだろうし。

今は俺は時間の使い方がへたくそで、大学生活で「やりたいこと」と「やらなきゃいけないこと」ってのが重なると授業の優先順位を低くしてしまうっていうのが現状なんだけど、やっぱりやりたいことがどれかと言われれば授業以外の部分。そういう意味では現状には納得してる。 ちなみに、緒方くんが言った学費の問題は、俺は留年するぶんは自分で払うつもりだよ。

: こう話してると、同じ大学でこうも違うのかと感じますよね。同じような考えのプロセスでも、根底が違うと結論が違うっていうか。

丸山: そうそう。それが人が集まるオモシロさなんだよ。

司会: 確かに、それぞれの方の根本的な“授業観”の違いがどこを出発点にしているのか、論理的に明確になった印象がありますね。今回は本当にありがとうございました。

一同: ありがとうございました。

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Last Updated: 2009-06-25T03:52:37+09:00 (Thu)