
丸山 盛嗣
原稿のテーマがドッキリ企画っぽくてなんかいやなんだけど、女の子については書いてみたいので筆をとります。かの早稲田大学においては、飲み会の参加料「男子3000円、女子2000円、ワセジョ4000円」という設定が、暗黙の了解となっている事実と比較してみると、一橋の女子はサークルに入るときのセレクトを除いて、法の下に平等な扱いを受けているように感じます。ブサイクの多さ、化粧の下手さ、ファッションセンスのなさ、恋愛経験の浅さなど、統計数値はわかりませんが、ほとんどにおいて悪い結果は出ないのではないかと思います。ただそこに大多数の低脳男子の主観が大きく影響してくると、悲観的な統計結果が出てしまい、安倍内閣支持率並みに残念な数字になってしまうでしょう。そういうときこそ有能な一橋男子は、くだらない主観を排除して、正当に評価されていない一橋女子価値の向上を図るため、中長期的に積極的に旺盛な投資を行うべきです。短期のリターンや回収を望むならば、どっかの三流大や女子大をターゲットにすればよいのです☆
繰り返しますが、本来の価値よりも低く評価されている今(大学時代)が狙い目です。このメッセージが少しでも一橋女子価値向上に寄与できれば幸いですが、投資勧誘を目的とするものではなく、回収できるかどうかはあなた次第です。以上、ストライクゾーンから大きく外れてワンバウンドボールにもバットを出してしまう、私個人的な意見でした。
越川 智史
うちのハニーは
優しくされたいらしく
わざと心配させる
急に泣き出す
毎月のアレが遅れたと言う
仕事をやめると言い出す
大半の友人が
うちのハニーと付き合いたくないと宣言してくれる
僕は大丈夫だけどね……
さいとうあきを
「このシャンプー、モロッコの湖の泥を使ってるんですよー」
頭を後ろへ傾ける独特の椅子の上でこの言葉を聞いた僕が、
「へぇ。……大変ですね」
というちょっとまのぬけた答えを返すまでには、3秒間というまたちょっとまのぬけた時間がかかってしまった。
まず、モロッコに湖ってあったっけ?モロッコってアフリカだろ? オアシスの泥ってことか?
いや。モロッコはアフリカ大陸といっても北端だった。スペインからジブラルタル海峡を挟んだ位置だったかな。あ、でもジブラルタル海峡のぎりぎりのところはイギリス領だったかスペイン領なんだけど。ちなみにジブラルタ生命っていう生命保険会社の名前の由来は、大航海時代にジブラルタル海峡が「旅の終わり=安心」の象徴だったから、って聞いたことある。
で、モロッコはめっちゃ地中海性気候の国。アフリカ大陸では珍しく新規造山帯の地域もあるし、砂漠とかじゃないのかも。
でも、泥って。泥だよ。モロッコから泥を運ぶんだよ。運ぶとしたら船かな。船だろうな。それこそジブラルタル海峡を通って。泥のそのままの状態だとちょっとかさばるから、きっと乾かして輸送するんだ。でも湖の水もそれなりに栄養とか含んでそうだから、どうすんだろ。そこらへんの研究なんてされてないだろうけど。
でさ、いくら栄養があって、価値のあるものだからって言っても、泥だよ。泥を運んでるんだよ。その船の人たち。絶対なりたくないな。半導体とか言わないけど、せめて鉄とか、アルミとか、農作物とか、いかにも役に立ちそうなものを運びたいし。これが金の力なんだろうな。
僕はむしろ、これを3秒で考えた僕を褒めてほしいのだけれど、こんな内容に興味を持ってくれる人なんてほとんどいないし、僕にはこういった内容をアピールするすべはないんだ。傲慢で世間知らずな独りよがりの男らが作って、スタイルとメンバーとがどんどん新たになっていく、ひどく自由なこの雑誌を除いては。
安部翔
ドトールにプレーンドッグという、ただのホットドッグがある。ファーストフード的なカレー屋にはプレーンカレーというまっさらなカレーが置いてある。プレーンというと「平野」を思い浮かべるから、食べ物にプレーンとつくとどんな感じなメニューなのか、っていうのは想像しやすい。
でもそこで通り過ぎずに、無理やりにでも僕の思考を働かせてみよう。
プレーンという言葉は前向きに使われているのか、否か。これこそがカレーのスタンダードだ!と言わんばかりの高潔さをもってプレーンと形容されているのか、はたまた、なーんも乗ってないホットドッグですよ、という蔑みの意味を込めたプレーンなのか。どっちなんだろう。「プレーン~」に選ばれた食材はそのメニューにとって欠かせないもの、言ってみればスタメン。僕には高貴な意味に聞こえる。堂々と、1番高い値段で売ってもらいたいくらいだ。「なんで何も乗ってないのに1番高いの?」「だってプレーンですから」みたいな。
そんな感じで考え出すと「プレーンはピュアなコトバ」説も挙がってきた。「〇〇さんはプレーンです」だなんて言うと、恋人がいないということを示せる気がする。そしてそれ以上にとてつもなく純粋なイメージも与えられるような……プレーンは想像以上に日本の「口説き文句」市場でちやほやされるべきコトバなのではないだろうか。もしかしたらセレブはもう多用しているかもしれない。
……ちょっと待てよ、冒頭に戻ろう、ドトールに売っているプレーンドッグとは「血統書つきの犬」という意味もある気がしてきた。むむむ……そうなってくるといよいよ、どこかの入試問題に出てきそうな感じになってきた。純粋無垢なコトバであると共に、受験頻出英単語だったのか。
こんな感じで言葉の意味に疑問を持ってみるのは非常に楽しい。コミュニケーションとは、各々が感じている言葉の意味合いのズレを確認する作業なんだとか。例えば、異性と付き合う、という行為は恋人同士がもつ「愛」だとかそんな類の言葉の自分たちなりの解釈をぶつけ合う行為なのだろう。私の思う「愛」はこんな感じですよ、と愛情表現をしあう。そのズレが許容できない範囲だとわかると破局を迎える。恋人と自分の「愛」が同じ意味であると信じて疑わないと、いよいよ危険なことになる。
そういった意味で、「世の中を魅了してやまない、例えば愛だとかロックの定義がよくわからない」と皆が認識していることは妙に納得がいく。定義がわからないからこそ、だったのだ。
今回はそのような疑問の槍を「橋女」に射してみた、と言える。ここからコミュニケーションが生まれるとメディア冥利に尽きる。そこで敢えて「橋女はプレーン」であると括って筆をおく。
P.S.辞書をみると、プレーンには「不器用」だとかいう意味があった。ピュアすぎて不器用、ということか。橋女=プレーン説もあながち間違ってはいないかも。
廃人
「なんだかんだで、一橋通信2007年秋号のあとがきを書くわけです。まあ、みなさんが書いていますからね、ぼくも……って、つーかこいつら誰だよ。どこの人なんだよ。そもそも一橋通信のあとがきなんじゃないのかよ。ぼくは激しく問いたい……」
「まあ、記者はどこ行ったんだかな。それいったら、ぼくはおまえも誰だよって言いたいけどさ。とりあえず、終わったみたいだからいいんじゃないですかい」
「そうだな、ようやく本当に最後の仕事がおわってやれやれだよ。まったくぼくの仕事というのは、いつも骨折り損で、いっこうに前進しないからさ」
「ふん、きみはそうやって自慰行為にふけっているだけだろ? 足踏みだけは立派だけど、足踏みだけで疲れてしまって、前に進もうとさえしないくせに」
「違うさ、タイミングが悪いだけなんだ。運がないのさ。ほら、人間だれだって、準備期間がいるじゃないか。それに休憩も必要だろ。ようやく出発するときに限って、まさに休憩が必要なときがくるもので。休憩のタイミングを間違えたら、それでおしまいってこともありうるからね。急がば回れ、だよ」
「それをただのヘタレというのだよ、きみ。そんなんだから、女のひとりもできやしない」
「それはまた別問題だよ。第一、鼻息荒くして女を求める必要なんて、現代社会においてそれほどないはずだよ。少なくともぼくにはないね。だから、ばっかみたいに女を捕まえようなんてしないだけ。セックスなんて、即物的に見たらただのギャグだよ。セックスということを忘れて、あのくねくねした動きを見てごらん。滑稽でたまらないよ」
「きみの思考がおかしいだけじゃないか?」
「まったく人間というやつは下ネタはよく話すくせに、行為の最中は必死に隠そうとする。そういやあ、最近ある実験資料を見たのだけど、これがなかなか興味深いものでね。ドラマを3人の大人の女に見てもらいながらしゃべってもらうっていうだけなんだけど。じつは、このドラマにはひとつ仕掛けというか変わった点があって、エロ入りなんだよね、つまりセックスのシーンがある。それで、まあ、会話聞いているだけでもおもしろいのだけど、何よりおもしろいのがね、セックスのシーンになると、途端にドラマの話をしなくなるんだよね。みんなドラマには無関心。食い物の話なんてしてやがる。ドラマなんてまったく見てないというふうなんだ」
「そりゃ、気恥ずかしくもなるだろう。それの何がおかしいのやら、ぼくには分かりかねるが」
「もちろん、それも大いにありえる。だが、それだけじゃないと思うんだよ。この資料見てみると分かるんだが、このセックスのシーンに入るあたりの会話の移り変わり、じつに自然なんだ。無理に変えようとしている感じがしない。おそらくは、無意識にやっているんだろうな。まさにセックスというものは私秘的なんだ。非社会的、あるいは反社会的といってもいいかもしれない。それが社会集団と対面したときにどうなるかというと、社会は隠匿するわけなんだ。しかも、その隠匿に仕方が、まるでそんなものは存在しないといったふうなんだ」
「ふうん、それで? きみの妄想は実にたくましいな。エロ中学生並みだよ。見たくないもの見せられたら、そりゃごまかしたくなるよ」
「いいや、それはどうかな。そうそう、ぼくは資料をみて、自分がまだ若い頃のことを思い出したんだ。きみだってこういう経験あると思うんだけど、ほら、中学生のころってさ、盛りのついた猫みたいに血気盛んな男子多いじゃん。けれども、あの時期ってなかなか性欲を解消する手だてがなかったり、うまくいかなかったりするだろ。それに、そういった話題が話の中心になるから、集団でくだらん猥談なんて平気でしやがる。まあ、それでさ、どうしてだかわざわざみんなで集まって、エロビデオを見るなんてことをするだろ。けれども、冷静になって見ればすぐ気づくのだが、いつの間にかみんな勝手なことをやり始めるんだよね。別にとくにエロビデオに興味があるわけではないけどつきあいで一緒にいるだけという人間はぼくだけではないにしろ、ほとんどは興味津々のはずなんだ。だけれども、結局エロビデオは垂れ流しにされているけど、誰も見なくなっている……ひとりで見るときはこうはならない。ここにも、セックスの社会的排除がある。ここで大事なのは、なにより行為としての存在が排除されていると言うことで、下ネタなんかと見ているとじつはかなり抽象化され……」
「まあ、そろそろその辺でやめてくれない? きみの自慰行為につきあうのはもうそろそろ飽きてきたよ。自分はとくに興味ないけどつきあいで渋々なんて逃げておきながら、長々とエロい話ばかりしやがって。きみこそ興味津々だろ。じつははけ口が見つからない性欲異常者なんじゃないの?」
「まあ、興味関心がないとは言わないよ。ただ、他人とは違ってエロい観点からではなく……」
「それこそ変態さ。まあ、橋男がこんなんだから橋女が不当な目に遭うんだろうな。橋女が橋男を見限るのも無理はないね」
「橋男とか橋女って何よ?」
「一橋生の男子と女子だろ。おまえらのことだって」
「うーん、っていうか、そもそも一橋生って何よ? ぼく、そんなの知らんのだけど」