
2008年12月6日から2009年2月28日まで、新宿のNTTインターコミュニケーション・センター(ICC)にて開催されていた「Light InSight」展¹。「ライト・[イン]サイト――拡張する光、変容する知覚」という題は、「light-in-sight」(視覚の中の光)と「light-insight」(光を通じた洞察)とのダブルミーニングになっている。 12月6日に行われたシンポジウムの中での解題によれば、この展示の主旨は――そして集められた表現物の目指すところは――私たちが自明なものとして扱っている〈視覚〉をいま一度問い直すことにある。「見える」ということの成り立ちを諸学問の知見に沿いながら把持し直し、それを一つの「制度」(=構築物)として捉え返すことを通じて「見え方」の別の在り方(オルタナティブ)をアートという手法に依って探ってゆく実践だと言える。以下、この展示の射程を明らかにしつつ、こうしたアートの試みから引き出すべき「私たち」の側の問題について述べてみたいと思う。

シンポジウムにて説明されていた作品のテーマ〈Shadow〉が示す通り、原爆投下による閃光とそれによるシルエット(=影)の刻印をパフォーマティブに擬似体験することで、見る側に立つ私たちと見られる側に据え置かれる歴史的事件という隔たりの関係性を打破し、「そこに私たちもいたかもしれない」という意義あるフィクションへの参入を意図したもの。歴史的事件の捉え方を捉え直すことを目指したアート作品である。つい先日ニュースを賑わわせた、アート集団「Chim↑Pom」によるパフォーマンス「ピカッ」(原爆を意味する「ピカッ」という文字を広島市上空に描いた)をめぐる顛末を引き合いに考えてみる²。あのパフォーマンスは、専ら〈見る〉側に立つ人々の傍観者的な態度・認識がニヒリスティックなかたちで肯定されてゆく状況への問題意識に端を発したものだった。この出来事のように歴史的な表象をめぐって問い直しが起こっている今、ギュンダー氏のこの問題提起はより多くの日本人が受け止めるべきものだと言えるはずである。

その他にも高谷史郎氏の《optical flat》 やエイリアン・プロダクションズの《思考プロジェクター》 といった作品が、視覚というシステムを対象化し異化することでその成り立ちの「正当性」に揺らぎを与えることを試みていた。

岡田温司・京都大学大学院教授(西洋美術史)が指摘していたように光にはもともと宗教的・哲学的な意味が担わされており、〈存在〉一般を可能にするという点で「世界の根源的なもの」として、また啓蒙時代には世界の可視化の象徴として肯定的な意義を獲得した。だが科学の進歩や技術の発展と共に、崇高性を帯びた「聖なる光」は次第に「道具」としての地位へと格下げされていった。始原の時から光と闇というヤヌス的³な二面性を持つものと認識されていた〈光〉というメディウム(媒体)は、希望を象徴するものとしても破滅をもたらすものとしても機能しうるということが、道具としての光の活用とそれに則った人間の視覚システムの発展に依存している現代の重大な課題になっている。
〈見られる〉ことが過剰となった現代社会に於ける監視カメラ、諸行動のデータ履歴化とデータバンクへの統合、来たるべき生体認証、身体の科学的数値化など、現代人は多層的な意味に置いて眼差されている。ここに新しい多動的な柔軟なる〈権力〉の力戦を見出すことは難しくない――しかもこのトレンドは〈生権力〉や〈管理社会〉といった思想用語で切り取れるほど単純明快なものではないということは、大澤真幸やスラヴォイ・ジジェクが強調する「(人々の)見られたい欲望=見られていないかもしれない不安」という従来の価値観の反転を観察すれば分かる。第一に考えるべきは「見る/見られる」のシステムが人々の心理の上でも社会のシステムの上でも従来的な在り方から姿を変えつつあるということ。そしてその上で為すべき第二のステップは、「そうした変化は私たちの欲望が駆動する社会の流れに要請されてきたのだ」という再帰的な反省を迫る視座を保つことではないか。
現在開発が進められているLEDによる新技術の中には、光の色や強さを調節することによって〈労働〉や〈セキュリティ〉といった抜き差しならぬフィールドに於ける諸問題を解決しようとするものがある(午後の眠くなりそうな時間に、明るめの色の照明を使うことで従業員を活性化させるなど)。こうした情勢へのささやかな懐疑を提出するために求められる再考=問い直しの機会(「隙間の時間」)を作り出すためにも、本展示/本シンポジウムのような試みが催される必要性があるのではないかと感じた。いま芸術(Art)が担うべき役目は、私たちの社会を成り立たしめる技芸(Art)という在り方を毀損しかねない、芸術/技術という〈Art〉の自己分裂を問題化=可視化し再縫合することにあるとまとめることが出来るように思う。