
朝食も食べずに友人の寮を出た。友人は最寄りの駅まで見送ってくれた。そして我々は再会を約束して別れた。 修学院を出た電車は 1 両編成だった。電車は通勤客や高校生の一群を乗せ、京都の住宅街を縫うようにしてゆっくりと進んだ。僕は三条の駅で電車を降り、京都駅行きのバスに乗り換えた。町には修学旅行のバスがあふれていた。京都駅に着くと僕は観光案内所に入り、京都南インターに一番近くまで行くバスは何番から出るのかと訊ねた。僕はさすが京都、と思い知らされるのだが、恐ろしく的確な答えが返ってきた。19 番の乗り場へ行きなさい、と男が言った。そして路線図を出して、2 つのバス停の名前に丸をつけ、いずれかで降りるようにと教えてくれた。19 番のバス停に行って時刻表を確認するとバスが出るまでに 15 分ほどあったので、僕は京都タワーの 1 階にあるスターバックスに入って朝食を食べた。まったく、スタバというのはありとあらゆるところにあるものだ。そして国際的な観光地の例に漏れず、ここにも海外からの観光客があふれていた。 バスは東寺の塔の前を抜けて京都の町を南へと進んだ。だんだんと観光都市の顔が、ありふれた郊外の風景に変わっていった。高速の下をくぐってすぐのバス停で僕はバスを降りた。
インターの方に向かって歩いていると、「名古屋」と書いたダンボールを掲げて歩道に立っている一人の青年に出会った。孤独で不安なこのような旅行において、同じ手段を選び同じ苦労を味わっているだろうヒッチハイカーは心強い存在だ。「どこからですか?」と僕はうれしくなって声をかけた。「広島の尾道からです」と青年は関西弁で答えた。我々はそこでいくらかの情報交換をし、そしてお互いうまくいくことを願って別れた。僕は連絡先くらい聞くべきだろうかと少し悩んだが、おそらくそうするべきではないのだろう。それがヒッチハイカーの孤独性に基づく流儀とでも言うべきものなのか、僕にはよく分からない。
青年によると、「神戸」と書くとうまく西へと抜けられるということだった。僕は言われたとおりに新しいダンボールに新しい都市の名前を記し、名神高速京都南インターの乗り口に立った。時間は 8 時 45 分だった。 ありとあらゆるバスが僕の目の前を通り過ぎていった。観光バス、修学旅行バス、老人ばかりを乗せたバス・・・。20 分ほど待ったところで、1 台の白いバンが止まった。車に乗り込むときに眼を凝らすと、向こうで尾道の青年がまだダンボールを掲げて立っているのが小さく見えた。僕は早く彼のために車が止まるようにと祈った。
神戸に向かう車のドライバーは大阪で古書店を営む初老の男性だった。自宅が京都にあり、その日は神戸の学校にルターの聖書を届けに行くところだということだった。彼ははじめ恐ろしく無口だったが、仕事の話になるととたんに饒舌になった。しかしながら、彼の関西弁はあまりに強烈過ぎて、僕のリスニング能力をはるかに超えてしまっていた。したがって車内の我々の会話はしょっちゅう僕が「え、なんですか?」と聞き返すという、ギクシャクしたものにならざるを得なかった。「ここまでの行程は順調に来たのか?」という質問にいたっては、僕は 3 回も「え、なんですか?」を連発した。大学で何を勉強しているのかと訊かれて、僕は社会学ですと答えた。「そらあきまへんな」と彼は言った。「その手の本が一番売れんのですわ」
車は順調に流れていた。山陽・中国自動車道に入り、あたりは深い山ばかりになった。男性は神戸の市街ではなく、北区という、神戸の町の山の裏手に行くということだった。車は阪神高速の箕谷というインターで高速を降りた。箕谷?と僕は思った。聞いたこともない。ここは本当に神戸市内なのだろうか? 「バスが神戸の町まで出とりますさかい、それで行かれればええですわ」と彼は言って走り去っていった。僕はそれこそ談合坂と同じくらいの山奥に取り残されていた。そこには確かにバス停があった。次の三宮駅行きのバスは 30 分後だった。僕は悩んだ。10 時。残り時間は少ない。神戸の町までバスでどれくらいかかるかもよく分からないし、かといって平日の朝 10 時の箕谷インターの前にはほとんど車が走っていなかった。如何ともしがたいな、と僕は思った。そして何かの助けになるかもしれないと思って、コンビニのおばちゃんの意見を仰ぐことにした。 おばちゃん(二人)はヒッチハイカーなんてものを見るのは初めてというような顔をして(そして実際にはじめて見たということだった)僕の話を聞いていた。『どこから来られましたん?」とおばさん(左)が訊き、僕が東京だと答えると二人で「ひえー」という悲鳴のような感想を漏らした。僕はここからさらに西に行くには箕谷インターの前で車を待ったほうがいいか、神戸の町にいったん出たほうがいいのかをたずねた。「ここで待つのがええのと違いますか?」とおばさん(左)が提案し、おばさん(右)もそれに同意した。僕にはその根拠がいまいちよく分からなかったけれど(というかおばさんたちもどうするべきなのかよく分からないといった様子だった)、とにかくここは地元の人の意見に素直に従おうと決めた。そもそもここまでだってたいした根拠を持って判断しながら進んできたわけではないのだ。
僕は残り時間を頭に入れて次の目的地を考えてみた。残り時間はほとんどないから、この次の車でいけるところまでがこの旅の終着地点になるだろう。だとすると、次のダンボールにはどの都市名を書き込むべきか? 僕は頭の中に日本地図を思い浮かべて考えた。神戸の次にある比較的大きな都市といえば姫路だろう。兵庫県を抜けられないのはいささか残念だが、それでも姫路というのはこの旅のゴールとしてそれなりにふさわしい場所であるような気がした。また、それより遠くへ遠くへと考えれば、それこそきりがなくなってしまいそうだった。この辺で見切りをつけなければなるまい。 それにしても、箕谷というのはヒッチハイクをするにはおそらくもっともふさわしくない地点に数えられる場所であるようだった。それこそ山の中にあり、コンビニと消防署と、あとは民家がぱらぱらと点在するくらいだ。だからこそ、1 台のワゴンが止まったときには、僕はなんという奇跡だと思ったし、ドライバーも同じように奇跡みたいなものだと僕に言った。
(第 5 話へと続く)