
車を運転していたのは淡路島の高校の教頭先生だった。そして僕とまったく同じ年の浪人中の息子がいた。彼は所用で加古川に行くということだった。偶然だが、彼は高校時代を姫路で送っていて、僕が姫路で観光するつもりだと言うと、おいしい餃子屋があるからぜひ行くといいと教えてくれた。僕はますます姫路への思いを強くし、そして自分の旅の幸運に感謝した。それから、彼は阪神大震災の思い出を僕に語って聞かせ、地震がいかに恐ろしいものかを切々と語った。そういう話を生で聞くのは初めてであるように僕は思った。「だから息子が東京の大学に行きたいと言うのですけれど、地震が危ないからやめとけいうてるんですわ」と彼は言った。実際に地震の恐怖を体験した者として、本当に息子のことを心配しているのだ。彼は僕にも東京は危ないから何か備えておいたほうがいいと助言してくれた。 教頭は高速を降りて加古川バイパスを西進し、加古川でバイパスを降りて僕を下ろした。彼によればここまでくれば姫路はすぐそこだということだった。「12 時には姫路に着きますよ」と彼は言った。僕は時計を見て、そして 24 時間が過ぎてしまったことを確認した。礼を言って車を見送り、ひとりになって少し考えたが、もちろんその先については考えるまでもなかった。24 時間たったからといってここで旅を切り上げるわけには行かない。昨日の夜の京都での休息を考えれば、1 時間くらいのロスタイムはあって当然だろう。僕は再び姫路と書いたダンボールを掲げた。
ほどなくして、巨大なダンプカーが僕の目の前で止まった。 僕は談合坂で何台かのトラックに声をかけていたが、彼らは一様に保険の問題があるから便乗は禁止されていると僕に告げていた。したがってトラックの類に乗るのは無理であろうと僕は悟った。これはヒッチハイクのイメージとは少々違ったものだったが、とはいえそのおかげで純粋な運転手ではないさまざまな人の話を聞くことができたことを考えれば、まあそれもよかろうと僕は思っていたのだった。そういうわけで、その巨大なダンプカーが止まったとき、僕はいささか面食らってしまった。運転手が体を乗り出して助手席のドアを開けた。「あの、姫路まで行きたいのですが・・・」と言いかけたところで「早く乗れ!」と運転手が怒鳴った。巨大なダンプカーはバイパスの入り口を完全にふさいで何台かの車を足止めしていた。僕は自分の頭よりも高い位置にある座席に、文字通り飛び乗った。視点が信じられないくらい高くなった。 運転手はトラックの運転手のイメージをそのまま絵に描いたような人物だった。パンチパーマでサングラスを掛け、体ががっしりしていて二の腕が太ももみたいに太い。広い車内には到底運転に必要とは思えないわけの分からないものがたくさん散らばっていて、運転手は運転席と助手席の間にお弁当を広げていた。僕はすっかり恐ろしくなって口をつぐんだ。そしてあのありとあらゆる一般的質問事項にぽつぽつと答えた。「兄ちゃん、もしこの先もああやって車拾うつもりならな、姫路って書いた下に『乗せてください』とか『お願いします』とか書かなあかんで」と彼は言った。わかりましたちゃんと書きますと、僕はきわめて素直に答えた。「ええか、それが礼儀ってもんやろ?」
しかしおっかない見た目とは裏腹に、彼はとても親切な人物だったし、話も面白かった。そもそもヒッチハイカーをわざわざ乗せようと考えるのだから、よほど悪意がある場合を除けば人がいいに決まっているのだ。彼はかつて自分が乗せたヒッチハイカーについて語った。それは外国人のヒッチハイカーで、サービスエリアで声を掛けられて乗せることにした。ところが、実はそのヒッチハイカーには連れがいて、二人の外国人を乗せることになってしまった、というのがそのエピソードだった。「そら困るで、お二人さんがなんか話しとっても何言っとるのかさっぱり分からへんやんか。だから兄ちゃん、あんたなんかましなほうやで、言葉がわかるんやからな」僕は大いに笑った。そして運転手は僕にゴマをまぶしたお弁当のおにぎりをひとつくれた。 30 分ほどで遠くに町の輪郭が見えてきた。あれが姫路の町か、と僕は思った。意外にこぢんまりした感じがした。運転手は赤穂まで行こうと誘ってくれたが、僕は丁重にお断りして車を降りた。例の信じられないくらい高い座席から飛び降りると、そこは姫路の地面だった。「ありがとう!」と頭の上に叫んで僕はドアを閉めた。巨大なダンプカーは轟音とともに走り去っていった。
バイパスから一般道に下りると僕はその辺を歩いていたおばちゃんに姫路駅行きのバスのバス停を聞き、言われたとおりにバスを待った。バスは大きな通りを進み、姫路の市街地に向かって走った。ほどなくして、不意に何の前触れもなく、巨大な城が僕の左手に現れた。姫路城だった。僕はようやく姫路を実感した。おいやったぞ、と僕は城を見つめながら心の中で思った。24 時間で俺は東京から姫路までヒッチハイクでやってきたんだ。僕はバスの窓にもたれかかって、ここまでに僕を乗せてくれた車とその運転手の人々のことを思い出した。時計を見るとちょうど昼の 12 時だった。天気は快晴。心地よい日差しがバスに流れ込んでいる。おいしい餃子を食べに行くには、ちょうどいい時間だな。
(完)